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欧州ツアー

復活の主を心からほめたたえます!

お元気でいらっしゃいますか?

3月6日〜26日、3週間に亘った欧州ツアーを、主の守りと祝福のうちに終えることができました。3月の欧州は例年より気温が低く、ブリュッセルでは雪景色かつ零下の気温でしたが、最後まで風邪もひかずにコンサートを終えることができました。皆さまのお祈りのお支えをひしひしと感じました。本当にありがとうございました!

チューリッヒ(スイス)


9日(金)、チューリッヒ改革派フランス語教会をお借りして、スイス日本語福音キリスト教会が主催してくださったコンサートには、多くの日本人、スイス人が来てくださいました。主が多くの皆さんの心に語りかけてくださったようです。私自身も主の確かな導きを感じながら語り賛美することができました。

10日(土)は、チューリッヒ郊外のお宅で開かれたユースの会で証しをさせていただきました。参加者12名。さまざまな質問が飛び交い、夕食を含めて交わりの時は5時間に及び、有意義なひとときとなりました。若者の心の柔らかさ、純粋さに触れ、この時にしっかりみことばの真理を伝える大切さを思いました。

11日(日)、礼拝前に「賛美セミナー」をさせていただきました。20名の方々が参加され、約2時間、貴重な学びの時となりました。私自身、賛美セミナーをさせていただく毎に新たな発見があり、主に喜ばれる賛美を学んでいます。

12日(月)は、バーゼルの家庭集会で、野田さんと私が証をさせていただきました。いつも多くの音楽家が参加し、ここから次々と救いと献身に導かれる人が起こされている集会です。主が、これからもこの集会を大いに祝してくださいますように!

パリ(フランス)

16日(金)、「マレ・クレティアン」(マレ地区の教会主催の2週間に亘るコンサート・フェスティバル)主催ということもあって、19世紀初頭にナポレオンがプロテスタント教会に認定したバスティーユの美しいマレ・プロテスタント教会(パリ市指定歴史建造物Temple du Marais)に、日本人だけでなく、多くのフランス人も来てくださいました。

マレ地区は、有名なサンポール教会をはじめほとんどがカトリック教会です。その中でマレ・プロテスタント教会が唯一のプロテスタント教会として「マレ・クレティアン」に参加し、パリ・プロテスタント日本語キリスト教会が全面協力して、真の福音を伝えるために祈り準備をしてくださいました。

コンサートを通してお伝えした、信仰によって永遠のいのちが与えられる福音の真実は、行いによって救われると教えられているカトリック信者の皆さんの心にも響いたようです。興奮して話しかけてこられた方もいらっしゃいました。

コンサートの最後には、ボンヘッファーの「よき力に守られて」を、皆さんと一緒にフランス語と日本語で歌いました。フランスに長年在住しておられる方が、クールなパリジャンは普通は一緒には歌わない、しかし多くの人が立って歌ったので驚いた、と言っておられました。第二次世界大戦中ナチスに占領されたパリ。そのナチに抵抗して戦い、すべてを神にゆだねて殉教したボンヘッファーの歌はバリジャンの心に深く響いたに違いありません。

ブリュッセル(ベルギー)

18日(日)のブリュッセルは、10人ほどの小さな群れのブリュッセル日本語プロテスタント教会が心を込めて準備をしてくださいました。

会場となった「アトリエ・マルセル・アスティール」Atelier Marcel Hastirは、ベルギーがナチスに統治されていた時代、レジスタンス運動の拠点となったところです。ここでユダヤ人たちを逃がす計画が立てられ、多くのユダヤ人が画家アスティールさんたちによって助けられたのです。1943年に3人の若者が中心になり、ユダヤ人を運ぶ強制送還用の鉄道を襲撃して、ユダヤ人242人の救出に成功した計画もここで練られました。

ただ、アトリエには、裸体の絵画も多く掲げられており、ここで賛美をささげることに多少の戸惑いを感じました。けれども野田さんの、「絵の女性たちも、それぞれの問題を抱えながら、一緒に賛美を聞いているような気がした」と言われたコメントに、確かに私もそのような思いで賛美していたことに気付かされました。

ノンクリスチャンの知人もコンサートに駆けつけてくれました。初めて私の証を聞き、自分と似た境遇に驚いたようです。救いを祈っている一人です。主が一日も早く彼女を救いへと導いてくださいますように!

アイントホーフェン(オランダ)

アイントホーフェンでは、広大な敷地を持つ、ペイトン朝子さん・ジョンさんの宿舎にお世話になりました。毎日の教会での練習のほかに、野田さんは朝子さんのお宅でも25日の礼拝で歌う曲のアレンジに奮闘していました。オランダ人教会の礼拝では、オランダ人が分かる原語のドイツ語と英語で歌うことにしたため、野田さんはひとつひとつのことばを表現し歌を支えるために、ピアノの前に座って、何時間も生みの苦しみのような作業をしていました。即興演奏にも秀でている野田さんですが、一緒に旅をする中で、ことばに即した奏楽のために、多くの時間を練習に費やし準備する野田さんの真摯な姿を間近に見させていただいた時でした。

24日(土)のオランダ人改革派教会である「エマオ教会」EMMAUSKERK EINDHOVEN主催(オランダ南部日本語教会全面協力)のコンサートにはオランダ人・日本人合わせて150人以上の方々が来てくださいました。松田信子さんの素晴らしい同時通訳のお陰で、オランダ人にも証とメッセージをお伝えすることができました。オランダ南部日本語教会の皆さんが長く祈ってこられた方々も来られ、心に触れられるものがあったようです。


こちらでは「よき力に守られて」を皆でオランダ語と日本語で歌いました。パリ同様、ナチに苦しめられたオランダ人には特別に感慨深いものがあったようです。

翌25日(日)のエマオ教会の礼拝では、野田さんの連日の奮闘によって仕上がった素晴らしいアレンジに支えられ、O Lamm Gottes unschuldig(十字架の上の神の小羊)、When I survey the wondrus cross(主イエスの死なれた)、Hazme un instrmento(私を平和の道具としてください)を賛美させていただきました。野田さんは、会衆賛美の伴奏も担当し、その素晴らしい奏楽に、賛美リーダーが涙を流されていました。

9年前の訪蘭では、私がドイツに住んでいることを知っていても、ドイツ語で話しかけて来られる人はほとんどいませんでした。オランダが第二次世界大戦でドイツに大きな傷を受けていることから、ドイツ語が話せても話したくない思いが強かったようです。反独感情だけでなく、オランダ人がインドネシアの収容所で日本兵から受けたひどい扱いによる反日感情も強く、「日本人がオランダでドイツ語を話すのはご法度」と聞いていましたので、たどたどしくも極力英語で話すようにしていました。

しかし、今回は、ドイツ在住と分かると、多くのオランダ人がドイツ語で話しかけて来られました。日本のことはさておき、ドイツの過去の罪に対する徹底した謝罪の姿勢から、ドイツへの印象が変化してきているのを感じました。

今回のコンサートに来てくださった、ひとりでも多くの方が、キリストの救いに導かれることを願ってやみません。

コンサートを主催してくださった、スイス日本語教会、パリ日本語教会、ブリュッセル日本語教会、オランダ南部日本語教会、マレ・プロテスタント教会、エマオ改革派教会に心から感謝し、主の豊かな祝福をお祈りしています。

5月15日にドイツ出発、16日から日本を拠点とする新たな生活が始まります。さっそく荷造りを始めましたが、35年間の欧州生活を整理するのは想像以上に大変な仕事です。4月の3週目には運送会社を通して荷物を出す予定です。同時にさまざまな書類手続きをしなければなりませんので、主の助けをいただきながらすべての帰国準備ができますようお祈りください。

皆さまの上に、主の豊かな恵みがありますように! 


Atsuko Kudo


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