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AKWM設立に至るまでの証し


3.不従順と悔い改め(1989−1990)

スペインで歌い、ドイツに戻って宣教活動をする生活を続けて2年経ったとき、私はあまりにも疲れ果てて、神のみころが見えなくなってしまった時期がありました。そして、私の名声がスペインで高まるにつれ、一体、私は歌手なのか、宣教師なのか分からなくなってしまったのです。一番の原因は、生活苦を続ける中で、神の救いを宣べ伝えるのではなく、スペインでコンサートのギャラを稼ぐことが、第一の目的になってしまったことです。イエス様に信頼してイエス様のために歩むことからずれてしまった私は、来るコンサートは全部受けるようになりました。そのため、コンサートの準備で精一杯で、ドイツでの宣教活動の時間が取れなくなり、しまいには疲れ果て、1990年1月、私は入院してしまったのです。このとき、私は初めて、主に不従順に歩んできた自分に気付かされ、入院中、毎日涙を流して、主に悔い改めの祈りを捧げました。

退院後、すべてのコンサートをキャンセルして、一年間、神様との交わりの時を持つことにしました。そこで示されたのが、私の内にあるにがにがしい思いでした。私は、自分をこんなに大変な状況に置いた神様と、ドイツへ一緒に来て欲しいと頼んだ宣教師夫妻を、気づかないところで、徐々に恨むようになっていたのでした。私の神への不従順は、私が歌手になり、名声と誘惑の多い状況から直接来たのではなく、もともと私の心にあった苦い根が、少しずつ根を張っていった結果だったことを悟りました。私は、肉の思いのひとついとつを、主に告白してゆきました。告白し始めたら、主の光がさらに心の汚い部分に当てられ、気が付かなかった罪がもっと見えてくるのです・・・その祈りは5〜6ヶ月続いたかと思います。その間、特にガラテヤ、エペソ、コロサイ書を何度も繰り返し読みました。読むたびに心に浸みました。あの頃、一日、4〜5時間は、みことばと祈りの時を持っていたのではないかと思います。



「小さい事に忠実な人は、大きいことにも忠実であり、小さいことに不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。」(ルカ16:10)



とあるように、小さい不従順な思いをないがしろにしてしまったがために、それが積もりに積もって大きな罪に陥ってしまったことを悟りました。小さな事に忠実でなかった私は、この年、主の大きな仕事はできなくなっていました。悔い改めの日々が何ヶ月も続いた後、ある日、赦された喜びが心を満たすようになりました。イエス様は、救われてもなおも、ペテロのように主にそむく、このどうしようもない私のために死んでくださったのだ、と思うと感謝の涙があふれて仕方がありませんでした。ですから、



「われは思う、みたびもいつたびもそむきし罪人をもなお受けたもう」。


という歌詞を歌うとき、この罪人は、まさしく私のことなのです。

心が砕かれてくると、教会の中では、自分が一番小さな姉妹なのだと心から思いました。だから、みなのために仕えたい、私にできることをさせてもらいたい、と初めて心からへりくだって思えるようになりました。私の奉仕の姿勢はこの時から変わってゆきました。以来、私の悔い改めは今もなお続いています。私は、幸いな生活の原点は、日々の悔い改めと感謝にあると、今、確信を持って言うことができます。



「神よ、私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。 私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。」 (詩篇139:23,24)

「わがたましいよ、主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何ひとつ忘れるな。」 (詩篇103:2)


4.伝道師(1993-2000)

1993年、開拓教会の伝道師に任命されました。月給は7万円でしたが、ドイツへ来てからやっと安定した生活を得られるようになりました。コンサート活動は、練習も含めて年間6週間の休暇の時のみとなりましたが、それでも不思議とスペインからのコンサート依頼は毎年途絶えることなく続きました。  ただ、1995年だけは、コンサート依頼が全くありませんでした、同時に私の伝道師としての仕事があまりにも忙しくなっていたので、その時は、主は私を歌以外の道で用いようとなさっているのだと思いました。